プロポーズはサプライズで


マリは自分の画板を見つめた。平凡な静物画。誰にでも作れる構図、精緻なだけで惹きつけるもののない絵。才能の違いなど、当の昔に知っている。それでも、辞められなかった。離れたくなかった。

やがてテツヤが戻ってくる。
イライラした様子の彼は、キャンバスに向かった途端に声を荒げた。


「マリ、これ触った?」


彼の指先は、怒りで震えていた。
視線をたどると、先ほどまでの完璧な絵に、違和感を感じる黒のラインが刻まれていた。
マリは動揺していて今の今まで彼の絵の変化には気づかなかった。


「違う。私じゃない」

「でもマリしかここにはいなかっただろ?」

「そうだけど、でも」


岸辺先生はいた。
けれど、教師がこんなことするはずがないと思い、マリは言葉を飲み込んだ。


「だったらマリがやったんだろ? だってマリは俺の絵をいつだって……」


テツヤは言葉を飲み込んだが、言いたいことはマリには伝わった。

羨んでいたと知られてカッとしたマリは、テツヤの頬を打つ。
鬱屈した感情は確かにあった。絵では絶対にかなわないと分かっていても悔しかった。だけど。


「どうして私を信じないの! 才能がないのくらい分かってる。テツヤに嫉妬してるよ、もちろん。でもだからって私はあんたの絵は壊さない!」


だって。
マリは一瞬息を止めた。こんなところでひた隠しにしてきた気持ちを暴露することになるなんて思わなくて。


「私はあんたが好きなんだから」


言い逃げしたマリを、テツヤは追った。
捕まれた手を振り払おうと、がむしゃらに暴れても、テツヤの力の方が強い。


「ごめん、マリ。ごめん、俺も」


――好きだよ。

囁かれた言葉にマリの体から力が抜けた。テツヤの腕の中、小さな泣き声を上げる。