唇をかみしめていると、ふいに頭に影が差す。
顔を上げれば教師の顔が近くにあり、マリは驚いて身じろぎをした。
「先生?」
沈黙の数秒は、ふたりの間の空気を変えるのには十分な間だった。
ただならぬものを感じ取り、マリに警戒の色がのる。
教師は、小さく笑いを漏らすと、からかうように言った。
「……ところでいいのか? 貝原を呼び出したのは女の子だぞ?」
「え?」
「もうすぐクリスマスだ。彼氏づくりに必死な女の子はたくさんいる」
「そういう、呼び出し、ですか」
「そう。気にならないのか?」
マリは言葉に詰まった。気にならないわけはない。でもこの教師に言いたくはなかった。
マリの沈黙を肯定と受け取ったのか、教師は悦に入った様子で続けた。
「キミが気にしないならいいんだ。あいつのことはやめた方がいい」
マリは瞬きをして教師を見つめる。教師の息が額にかかった。
教師と生徒ではありえない距離感が、彼が隠している鬱屈した感情を暗示させる。
「あの」
「一緒にいるとつぶされるよ。あいつは才能がある。だから非凡な人間は打ちのめされるんだ。君はきっとそうなる」
「……私、ちょっと」
マリはその場から逃げ出した。
残された教師は、画家――テツヤの絵に鉛筆を入れる。
「……打ちのめされるんだ。僕のような人間は」
つぶやきとともに暗転。
暗いままで、テツヤが女の子に告白されている場面が、セリフだけで伝えられる。
それを見つめるだけのマリのモノローグ。
幼馴染なんて、何の約束もない。
テツヤが誰と付き合ったって、私は何もできない。
いたたまれず、彼の答えを聞く前に逃げ出した。
再び教室に戻ってきたとき、教師はもういなかった。



