プロポーズはサプライズで


――そして暗転。
場面が変わり音楽も変わる。今度は落ち着かない不協和音が、低く小さく鳴り響く。

その後、マリは何度か彼のアトリエに行ったが、彼はいなかった。代りのように色々な人が来た。

彼にお金を貸したという人。
彼と仕事の約束をしたという人。
彼に会いに来たという女の人。

みんながみんな、彼の不在を怒り、行き場のない怒りを彼女にぶつける。


「すみません、すみません」


ぶつけられた不満は、そのまま彼女の心に切りかかる。

彼女はその人たち全てに頭を下げ、帰ってきたらご連絡しますと応対した。
最初の一週間はそんな風に過ぎた。しかし電話も通じず、彼からは何の連絡もない。


「金を持ってとんずらしたのか?」
お金を貸したという人が言った。

「まさか、詐欺じゃないだろうね」
個展を開く約束をした、という人が言った。

「あんた、彼女? じゃあ私たちお互い騙されてたのかもね」
彼に会いに来た女が言った。

再びやってきた彼らは、罪の対価だと彼の絵を一枚ずつ持っていく。


マリは唇をかみしめた。

詐欺師なんかであるはずがない。

だってマリは知っているのだ。
幼馴染でもあり恋人でもある彼が、とても不器用な人であることを。

言葉に詰まったら絵を描き、お金にこだわらずどこか世捨て人のように生きる。
人を上手に騙すような小器用さは持っていないはずだった。