プロポーズはサプライズで


男は客席側に顔を向け、クレパスのようなものを持って一枚のキャンパスに対面している。
当然、キャンパスの絵はこちらからは見えない。

彼は何度も頭をかきむしりながら、一心不乱にキャンパスに向かっていた。

コツコツとヒールの音が響く。ドアの開いたような音とともに、マフラーで口元を覆った“女”が現れた。


「テツヤ、新作?」


女は息を吐きだし、オーバーアクションで身震いをした。本当に白い息が見えるわけじゃないのに、外がすごく寒かったんだろうというのが伝わってくる。


「やあ、マリ。大事な絵だよ」


彼の方は、キャンパスから目を離さず書き続けていく。マリと呼ばれた女の子は、マフラーを外しながら彼の対面へと立ち位置をずらす。


「大事……ね。今度の絵は売れそう?」

「これは売るつもりのない絵」

「そうなの? でもしばらく個展もしてないし、売れないと寂しいクリスマスになっちゃうわよ?」

「そうれもそうだな。正月もあるし、一枚くらい売らないとなぁ」


画家は後ろに置いてある絵を、一つ一つ持ち上げ、「これはいくらぐらいで売れるだろう」と金額の予測を立て、彼女が答えている。

彼の絵は色を持たない。鉛筆や木炭で描かれる精密な筆致が持ち味だという情報が、その後のふたりの会話から伝わってきた。