「呼び出したの、おまえ?」
「……」

「おい、俺の声聞こえてる?」
「……」

現実感のないフワフワしたものが私にまとわりついている。

「あー、先客かー」
「……」

これは夢なんだろうか、それとも映画とかを見てるんだろうか。

「おまえ、ふられたのか?」

ふられた?
違う。呼び出されたのは私。

「おい、大丈夫か?」

突然体が揺さぶられ、自分がどこにいるのか思いだした。

だけど、いつの間にか目の前には黒い壁。

そっと手をのばすと、壁は柔らかくて
ん?トレーニングウェア?

「おい、しっかりしろ」

頭上から聞こえてくる低い声。

上を向くと、背の高い男の人がいた。

私、この人知ってる。

切れ長の瞳が真っ直ぐ私を見ている。
額には汗を浮かべたまま。

走ってきたのかな?
ぼんやりとそんなことを考えていた。

どれくらいそうしていたんだろう。
実際には、ほんの一瞬の出来事だったのかもしれない。
ただ私は、ずっとそうしていた感覚があった、
ずっと、その男の人の瞳を見ていた。

その褐色の、瞳の奥の輝きに、吸い込まれていた。


「俺にしとけよ」

ふいに声がしたと思ったら、影が落ちてきた。

唇に柔らかい感触

「っ……」

その瞬間、別世界に誘われたような感覚がした。
これまで経験したことのないような、
このままずっとその別世界にいたいと思うような、
甘くて危険な感覚。

ずっとそこにいたい。

なのに、すっと影が離れた。

背の高い男の人は、左頬だけで笑ってた。

「え?」
私、今、何した?

いきなり周りの音が聞こえてきた。