コクリバ 【完】

「どんな噂だよ?」

高木先輩はただ普通に聞いてるだけなのに、背中を冷たい汗がつたう。

「いや、でも、私はもう信じてないですよ。先輩はそんな人じゃないって……」
「どんな噂か教えろよ」

見逃してはもらえないらしい。
焦る。
焦れば焦る程、何も良い逃げ道が浮かんでこない。

「奈々」

低くお腹に響く声で私の名前を呼ぶ先輩。
ずるいと思う。
そんなことされたらなんでも言うこと聞いてしまいそうになる。

「…先輩はそんなにモテたいんですか?」
「そんなんじゃねぇよ。俺には聞かせられない程ひどいってことか?」

高木先輩が近付いてきて、自転車を持ってない方の手が私の肩に触れる。
もう逃げられない。

「…………先輩が……友達の彼女を、寝取ったって…」

先輩の自転車が音を立てて倒れた。

それは先輩が自転車から手を離したからで、その両手が今度は私の両肩をしっかり掴んでいる。

「それで?」

先を促す先輩の顔が真剣で怖い。

「そ、それだけです」

声が上擦ってしまう。

「誰に聞いた」

先輩は更に腕に力を入れる。

「本当に噂話って感じで……本当なんですか?」

恐る恐る先輩の目を見ると、ようやく肩から手が離れ解放された。
私から目を逸らす先輩。

噂は本当だったのかもしれない。

「俺じゃない。その噂、一年の女子か?」
「……はい」

先輩じゃないと言われたけど、この慌てる様は……
その言葉を信じ切ることは出来なかった。

「それ以上は聞いてないんだな?その友達が誰とかは…」
「…はい…」

胸が痛い。

「じゃ。その話はもうするな。誰にも話すな。
誰かが噂してたら、全く真実じゃないと否定してろ」

ものすごく不機嫌そうに言い放つ高木先輩。

「……はい」

そう言うしかなかった。