コクリバ 【完】

私が市原先輩のモデルをすることは美術部の人たちにはすんなりと受け入れられた。
意外だった。
もしかするとみんなも先輩の描く切ない絵が好きなのかもしれない。

---市原先輩の役に立ちたい---

美術部には自然とそう思える雰囲気がある。
そう思わせる先輩もすごいのだろうけど。

二人きりになった美術室で市原先輩はさっそくクロッキー帳を手に持ち私を座らせた。
真剣な目で見られている。
どうしていいかわからない。
男の人にそんなに見つめられることなんてないから、やたらと緊張してしまう。

「ふー」
先輩がため息をついた。

やっぱり私じゃダメなんだ。
落ち込みそう。

「緒方さん」
「っ、はい」
「そんなに固くならなくても大丈夫だよ」
「はい…」
「じゃあさ、この前、何を考えてたの?」

先輩の方を向くと、柔らかく微笑んでくれてはいたけどその眼は笑っていなかった。

「すみません」
私なんかにはモデルは無理です。

「謝らなくていいからさ、この前、考えてたことを思い出して。
誰のことを考えてたの?」

だれのこと?

無意識に手が唇を触っていた。

先輩は微笑むと
「そのままでいて」
そう言って、再び鉛筆を動かし始めた。


今日も、黒いトレーニングウエアは見ていない。