コクリバ 【完】

今日の課題は静物のデッサン。
絵を描くのは嫌いじゃない。
静かな中、集中して何かを形にしていく作業は楽しい。

「じゃあ、そろそろ終わりにしましょうか?」
副部長の谷口さんの声がすると、みんな一斉に片付け始めた。

美術部は圧倒的に女子が多い。
文科系だからというのもあるかもしれないけど、市原先輩目当ての人もいると思う。

特に3年の副部長の谷口さん。
明らかに市原先輩と話すときと、他の人たちと話すときには、声のトーンも雰囲気も違う。
分かりやすい人だ。

基本的に美術部は活動する日が少ない。
一応月曜日に顧問の先生が来て、その週の課題みたいなのを設定するけど、やるやらないは個人に任されていた。

夏休みには制作合宿というのがあるらしい。
泊まり込みで絵画を一枚仕上げるというものだ。
ただそれは名ばかりで、今では親睦会みたいなものだと教えられた。

秋の文化祭が一番のイベント。
それ以外には個人で県展とかに応募するくらいで、部活動はゆるい感じだった。

「緒方さん、ちょっといい?」
片付けでザワザワする中、市原先輩の声が響いた。

全員の動きが止まる。
もちろん私も。

モデルの件?
絶対そうだ。
でも、今?
この状況で?

「…はい」
聞こえたかどうか分からないくらいの返事をして、私はおずおずと先輩のところに向かった。
みんなの視線が痛い。

市原先輩は柔らかい微笑みで近くの椅子を勧めてくる。
この状況に先輩は気が付いてないんだろうか。

「これからちょっといいかな?」

聞かれてる。
絶対、この部屋にいる人みんな聞いてるって、先輩。
やっぱり気軽に返事なんてしなきゃ良かった。

「これから何があるの?市原君」

ほら、きたー

この人にだけはばれたくなかった…谷口副部長の声がする。