「緒方さん、描かせてくれない?
お礼にイチゴミルクを毎日買ってあげるよ」
そう言って、弧を描くように優しく微笑む市原先輩。

「なんでイチゴミルクなんですか?」
つられて私も笑顔になってしまう。

「いつも梶原さんと飲んでるだろ」

梶原とは、絢香のこと。
確かに私たちはイチゴミルクしか買わないけど。

「先輩、よく見てますね」
「そんなに美味しいのかと思ったことがあったから…」

そう言って、市原先輩は椅子ごと私に近寄る。

「恋の悩みだろう?」
「…え?…」
「すごくいい表情してた」
「………」
「緒方さんの空いてる時間だけでいいから、無理は言わない」
「…でも…」
「新しいことに挑戦してみたいんだ」

市原先輩が真っ直ぐ私を見ている。

「私なんかでいいんですか?」
「うん。頼める?」
「ヌードですか?」

声を出して笑う市原先輩。
そんな姿、初めて見た気がする。

「ヌードって言ったらしてくれるの?」
「無理です!それは絶対に無理です!」

余計なこと言わなきゃよかった。

「描かせてくれるだけでいいよ。
緒方さんはそのまま座っていてくれればそれでいい」

先輩は自分の両手をジッと見ている。

もしかしたら市原先輩も、何かに悩んでいるのかもしれない。

揺れる長いまつ毛を見ながらそう思った。

「私でよければ…」

私も何かを変えたかったのかもしれない。
考えるよりも先に口がそう動いていた。


先のことなんて
考えもしないで
軽い気持ちで…

大事な返事をした。