市原先輩が今度の展覧会で受賞を目指しているのは知っていた。
それが今後の進路に響くようなことも。

「今度のに出そうと、風景描いてたけどね、どうしても、うーん、何かが違うんだよね」

考え事する時のクセなのだろう、先輩は遠くを見ながら爪を噛んでいる。

「試しに描かせてくれない?」

そう言って市原先輩は、私との間合いを少し詰めた。

「私をですか?」

その間合いを再び戻そうと後ろに下がると、椅子の背もたれが邪魔をする。

「そう。緒方さんを」

先輩は小首を傾げて柔らかく微笑む。

ずるい。

「でも、先輩はあんまり人物描きませんよね?
風景しか見たことないです。」

「うん。ほとんど描いたことない。
でも、さっきの緒方さんの顔を見てたら、描いてみたいと思ったんだ」

市原先輩は肘をその長い脚につけ、両手をじっと見ながら呟くようにそう言った。

そして顔だけを私の方に向けて、もう一度ゆっくりと口を開いた。