「緒方さん…」
いつの間にか近くに市原先輩が来ていて、
「はい」
びくりとして反射的に答えた。

柔らかい微笑みを、その隙のない顔に浮かべると、市原先輩は近くの椅子に座る。

「あ、お邪魔でしたか?
すみません。そろそろ帰りますね」

「何かあった?」

柔らかい視線を感じる。
でも、
「……」
何も言えず俯いた。

「言いたくないのかな?
俺でよかったら相談して」

頭を上げると、小首を傾げて優しく笑う先輩と目が合う。
市原先輩の微笑みには、どんな女の子も勝てないだろうなと思う。

その眼をずっと見ていられなくて、窓枠を見ながら答えた。

「相談するようなことでもないんです…」

私の中のぐちゃぐちゃな色を表現するには
私が知っている言葉では足りなかった。

何が悔しくて
何が悲しくて
何に驚いていて
何に惹かれているのか

---ぐちゃぐちゃなんです---

先輩は、そんなことを言われても困るだろうから、言わなかった。


「じゃあさ緒方さん。実はお願いがあるんだけど…」

「…はぁ。なんでしょう?」

頭の中のモヤモヤを振り払うように、思い切り背筋を伸ばして、笑顔を作った。

「モデルをお願いできないかな?」

市原先輩は、腕組みをして、真っ直ぐ私を見ている。

「…………え?」