花舞う街のリトル・クラウン

「あなたはシオン様を見捨てたのか?」

リルを囲む人々の中からその人物はリルの前に姿を表して、鋭い目でリルを見下ろす。強い怒りを含んだ目だ。

その目と言葉はリルの壊れそうな良心を引き裂くには十分だった。

「どうしてあの方を助けなかった!どうしてあの方を救わずに自分だけ逃げ出した!あの方がどんなお人か、お前も分かっているだろうに!」

「テオさん!」

アーディはリルを守るようにその前に立ちはだかって両手を広げた。

「落ち着いてください、テオさん!今は彼女を責めるよりもシオン様を助けることの方が先です!まだシオン様は諦めていないはず。すぐに皆で助けを__」


「その必要はない」


その声に皆が一斉に振り返る。

そこにはミシェルを背負ったシオンが息を切らして立っていた。

「ミシェル!」

ジャックは妻の元に駆け寄った。シオンから気を失っているだけだと説明を請けると安堵した表情を浮かべて妻を抱きしめた。

「ありがとう、ありがとう」

涙を流して何度も何度も感謝の言葉を繰り返す。その言葉は聞いているだけで人々の心を穏やかにしていった。

「シオン…私…」

リルはシオンに声を掛けた。するとそれに気づいたシオンは頬についた煤を袖で擦りながら、それに被せるように言った。

「お前が行った後に逃げようとしたらできた。助けは必要なかった。それだけだ」

それだけ言うと口を閉ざしたシオンの姿を見つめながら、リルはこんなことを考えた。


あの場から自分1人でも逃げられることを、シオンは最初から分かっていたのではないだろうか?