リルはフルリエルからハイビスカスを持ってくるのに使った手押し車の方に向かうと、ハイビスカスを運ぶときに使った樽を覗き込んだ。

リルの思った通りだった。

樽の中には大量の水が入っている。

リルは2つある樽のうちの1つを持ち上げると、頭からざんふりと水を被った。

それから大きく息を吸い込むと覚悟を決めて燃えさかる炎の中に飛び込んで行った。

人々はその様子に呆気にとられて目を見ひらいた。誰もがリルを引き止めようと声をかける。けれどリルは振り返らない。


「あの馬鹿!」


シオンは吐き捨てるように言うとリュートに言った。


「リュートさんはすぐに王都の騎士団を呼んでくれ」

「あ、ああ、分かった」

リュートは返事をするとすぐに騎士団の駐屯地へと走って行った。

それを見ていたアーディは心配になって「どういうことなのさ?」とシオンに呼びかけた。

「騎士団を呼びに行くのなら、シオンがした方が早いだろう?シオンは何をしようとするつもりなんだい?」

その言葉を聞いたシオンは、やはりアーディは頭の回転が速いと思った。

アーディはシオンに何をするのか尋ねているのではなかった。シオンが何をしようとしているのか分かった上で、危ない真似をするなと釘を刺しているのだ。


「あの田舎娘をひとりにしておくわけにはいかないからな」


それからもう一つの樽の水を頭から被る。

濡れたその金の髪からは、ぽたり、ぽたりと水が滴り落ちる。


「アーディ、テオを呼んでおいてくれ。俺のことは引き止めたが聞かなかったとでも言えばいい」


そう言い残すと、シオンも炎に包まれた店の中に入っていった。