花舞う街のリトル・クラウン

「正直困ってる」と溜め息を吐くシオンに、リルは「婚約、しないの?」と問うた。

するとシオンは「難しいことを聞くなよ」と困ったように小さく笑った。

その表情にリルの胸が鳴った。

嬉しいのか、切ないのか、自分のことなのに説明できない気持ちで満ちている。

これが恋という感情なのかもしれない、と胸の鼓動を感じながらリルは思った。

すると突然シオンがリルの手首を掴んだ。

驚いて顔を上げるリルにシオンは告げる。


「今、役人連中から抜け出して来たんだ。少し逃げるぞ」


リルの返事を聞くよりも前に、シオンはリルの腕を引っ張った。

触れているシオンの手の温度を感じてリルは嬉しくなったが、もう二度とこの手に触れられなくなるかもしれないと思うと、やはり嫌だと思った。

傍にいられなくなるのは、想像するだけでやはり悲しくて苦しい。

いつの間にこんなにわがままになってしまったのだろうと思う。

シオンの顔を見ると、傍にいるだけでは物足りなくなってしまった。


求めることさえ、自分には許されないというのに。


やがてシオンの手が離れると、そこはまるで花園だった。

いかに花の国とはいえ、こんなにも多種多様な色とりどりの花々が咲き乱れる庭園は他にないだろう。

ぐるりと自分たちを囲むように咲いている花々に目を奪われるリルに、シオンは言った。


「ここは秘密の庭園なんだ」


うるさい役人から逃げ回るときに幼い頃からよく使っている場所なのだという。

花が咲き乱れていて見通しも悪く、入り組んでいるために中々見つけられない上、人通りもないらしい。

シオンが言うとおり、辺りには誰もおらず気配も感じない。

風に揺れる葉の音しか聞こえてこないここでは、世界で二人きりになったような感覚さえする。