緊迫した空気の中、彼はリルの方に振り返ると「自己紹介がまだでしたね」とにっこり微笑んで、リルの方へ近づくと跪いた。

戸惑うリルの手を取り口元に近づけると、その手の甲にキスをする。それはまるで王子様のような自然なしぐさだった。

目を見開くリルに彼はにこりと微笑んで言った。


「ノア・ソレイズ・パルテナと申します。以後お見知りおきを、花屋フルリエルのリルどの」


それからノアは立ち上がると「俺はこれで」と軽快な足取りでその場から少し離れると、リル達の方に振り返った。


「とても面白い女ですね、兄上」


それから彼は何事もなかったかのように「では」と手を振ると姿を消した。

まるで嵐が過ぎ去ったようだった。


シオンと二人きりになった廊下には気まずいほどの静けさが訪れた。


頭を抱えるシオンは「すまないな」と頭を下げた。


「いや、大丈夫。シオン、さっきの人は…パルテナって、まさか」

「ああ」


リルが言わんとしたことに気づいたシオンは頷いた。


「王国ダンディオーネの第二王子だ」


リルは目を見開いた。

パルテナという名前から王族だと分かったリルだったが、まさか第二王子が現れるとは夢にも思っていなかったのだ。


「ま、待って、さっきの方、シオンのことを兄上って呼んでいたよね。ということは…」


シオンは気まずそうに頷いた。