ふう、と息を吐く音が聞こえる。

辺りの視線が無くなり、変わらぬ賑やかさを取り戻したのが分かって、私もようやく身体から力が抜けた。

服で涙を拭い、振り返る。
先程の厳しい表情はとっくに無くなっていて、普段の智樹に戻っていた。


「……ありがとう」

私がそう謝ると、智樹は笑って頭を撫でる。
智樹の優しさに、胸がギュッと締め付けられた。


「全然。それより、他に何かされなかったか?」


「大丈夫、何も。智樹はどうしてここに?練習があるんじゃなかったの?」


「昨日家に帰って来ないし、連絡も取れないし。そんな状態で呑気に練習なんて行けると思う?ずっと捜してたよ、京香の事。今日飲みに行くって言ってたから、もしかしたらって前の居酒屋のある近くを捜してたら運よく京香を見つけてさ。本当、怪我とかなくてよかった」


「本当にごめんなさい!智樹に迷惑を掛けてしまって……!」


「いや、謝るのは俺の方だよ。何も言わなくてゴメンな」


智樹は私をきつく抱きしめた。
止まったはずの涙が、また再び溢れ出す。


「本当はさ、土曜日の練習の後、前の彼女と会う約束をしてたんだ。最後にどうしても会って欲しいと言われて、仕方なく。だけど、京香は前の事があるから、会うと言ったら傷付いてしまうかもしれない。そう思って言えなかった。で、やっぱり二人きりで会うのはいけないと思い直して、断りに行ったんだ。それが、金曜日」


「もしかして、私が見たあの……?」


「ああ。ちょうど休憩中で、たまたま給湯室にいる前の彼女を見かけてね、やっぱり行けないって断った。そうしたら、あんな事になってしまって……。しかも運悪く京香に見られちゃって」