さあっと血の気が引く感覚。


あの女性は、――まさか。




その時。



視線に気付いたのか、女性を見下ろしていた智樹の瞳が上がり、ばちっと目が合った。


ドクン、とひとつ心臓が大きく鳴る。


隠れてみていたはずだったのに、智樹の姿に思わず身体が前に出てしまっていた。
視線が交わり、ハッと我に返って思わず目線を逸らした。



「……京香!」


智樹は私の名前を呼ぶ。
私はその声にたまらず踵を返し、その場から駆け出した。


「ちょっと、鳴嶋さん!!」

河合さんも慌てて私を呼んで後ろから追い掛けて来ていたようだったが、振り切るようにエレベーターのボタンを押して、開いた所にひとり乗り込んだ。


エレベーターがゆっくりと動く。


走ったからなのか、それともあの場面を見てしまったからなのか、それはよく分からないけど、とにかく胸が苦しくて痛い。


あの会話からして、あの女の人は多分、別れた前の彼女だ。


……もしかして土曜日の夜、智樹はあの元カノと会う気だったんじゃ。


だから、あんなに言葉を濁して……?



エレベーターが開き、私はそのまま女子トイレに駆け込む。
一番奥の個室に入り鍵をかけ、扉に寄りかかって痛む胸の部分を手で押さえた。