「高森さん、少しお話いいですか?」

入籍を無事済まし、晴れて既婚者として過ごし始めた矢先、同じ会社で働く事務の女から相談を持ち込まれる。


京香とはタイプの違う女。
少し派手で、ちょっと気の強い女だった。


そう声を掛けられた時は、さほど気にする事もなかった。

だって、俺には京香がいるし。
他の女性に興味なんて行かないと思っていたんだ。


女に相談された時だって、仕事の悩みなのかと思って簡単に安請け合いして。

その場だけで終わるだろうと、仕事が終わった後飲みに行って話を聞くことにした。




しかし、そこで相談されたのは、まさかの話。

女は涙を流しながら、俺の事がずっと好きだったと、俺が結婚しても忘れられないと、そう言った。


俺は、女の告白に何も言えなかった。
今思えば、ハッキリと無理だって断れば良かったんだと思う。

けれど、何故かその時はそう言えなくて。
目の前で泣きながら、俺の事を想ってくれるその女が可愛いと思ってしまった。

女は言う。

思い出を下さい、と。
私に忘れられない跡を付けて下さい、と。


それがどういう意味なのか、じゅうぶんに分かっていた。

それに応えてしまったら後戻りできない事も、もちろん。



なのに、拒絶出来なかった。


一回きり、彼女の思い出を作るだけ。
後は何事もなかったようにすればいいだけ。


彼女がここまで想ってくれたんだ。
俺もそれに応えなくちゃならないんだ。


そう思ってしまって、俺は泣く彼女を傍に引き寄せた。