京香は「そうですね」と言った後、付き合うという言葉に大きく動揺し、そのまま目を見開いて俺を見つめる。

付き合うということが冗談ではないと、俺はじっと京香を見つめた。

「いいんですか……?後悔するかもしれませんよ?」

「後悔?どういうこと?」

「だって私は、バツがついた女だし……。周りからからかわれるかもしれませんよ?」

「周りって……。そんなこと俺が気にすると思う?むしろ今のどっちつかずの状態で、色々言われる方が面倒臭くない?それにさ、今の世の中バツイチなんてごまんといるでしょ。ただ書類上で夫婦になったかならなかっただけのことで、別れなんて普通にあるわけだしさ。バツイチだからって引け目を感じる必要なんてないよ。離婚の理由だって、京香ちゃんが悪い訳じゃないんだからさ」

「それはそうですけど……」

そう、バツイチなんて関係ない。
紙一枚、それに書いて出したか出さないかだけの違い。

そんなことを引き目に感じる必要なんてないんだ。

京香は少し悩んで、でも俺が今一番欲しかった言葉をくれた。


「……先輩がそこまで言ってくれるなら、お願いします」

その言葉を聞いて、強張っていた身体が一気に緩む。

多分俺の顔も緩んでいたんだろう。
京香の顔も自然と柔らかくなっていた。


打ち上げの時間が近付き、店を出て駅の前で京香と別れた。
別れてからふと気付く。

あれ、俺自分の気持ちなんにも言ってない…。

しまった!と振り返った時には、すでに遅し。
京香の姿はもう見えなくなっていた。

……まずいことをしたな。

何も言わないまま付き合うことになってしまった。

これじゃ、甘えるだけのカモフラージュ的な感じで付き合うような形に思われてしまうじゃないか。


焦りから、メールで自分の気持ちを打ち始める。

しかし、こんな大事なことをメールで伝えるのもなんだか軽く思われてしまいそうで、途中で消去した。

……いや、大丈夫。
これからいくらでも自分の気持ちを伝える機会はある。


――だって、俺は京香の彼氏になったんだから。


その日の打ち上げは、演奏会の成功と京香と上手くいったことで浮かれてしまって、つい飲み過ぎてしまった。



お陰で次の日は、酷い二日酔いになったのは言うまでもない。