リナリア

 名桜がそう答えると、知春は再び笑みを柔らかくした。

「…麻倉さんがね、話してくれたんだ。『由紀さん』のことを。」
「母、ですか?」
「うん。名桜はますます『由紀さん』に似てきてるって言ってた。麻倉さんは今でもずっと、『由紀さん』を愛しているんだなって…お話を聞いてて思ったよ。」
「…そう、ですね。父はあまり思い出を語りたがりませんが、でも時折…母の写真を眺めています。写真を見つめるたびに思い出に触れてるようにも見えます。あの、父は母のことをどのように言っていましたか?」

 少しの好奇心と、少しでも母のことを知って覚えておきたいという繋がりを求める気持ち、その二つが名桜の心に渦巻いて、それがそのまま口に出た。

「『思われたら思われた分だけ心を返す』人、なんだって。…素敵だよね、もうその言葉一つで、素敵な人だってわかる。」
「…思われた分だけ…。」
「決めたらまっすぐで揺るがない方だったみたいだよ。告白も『由紀さん』からだったんだって。」
「えっ、あの、そんな話まで…?」
「うん。ちょっと俺の周りに人生相談できる大人がいなくて…麻倉さんが優しかったので頼っちゃったな。」
「…知春さんに母のことを話したのは、何故だったんでしょうかね…?」
「きっと背中を押そうとしてくれたんだと思う。その日は、俺が多分俯いてたから。でも、麻倉さんの話を聞いて背筋が伸びたし、今はこうやって名桜と目を合わせて話せてるし、…人に恵まれてるなって思う。特に最近は。」

 また知春の眼差しが遠くを見つめる。少しずつ、何かが変わっている。そんな気がする。

「さっき話した新しい仕事も、コラムの件も不思議な縁で転がってきてくれたものっていうか、多分無駄だったものなんか一つもなくて。前に名桜、言ってたよね。『役者はどんなことも無駄にならない』って。…本当にそうだと思う。役者だけがそうってわけでもないと思うけど、特に役者はどんな感情も思考もきっと、無駄にならない。」
「…母と仲の良かった女優の方の言葉です。私がカメラを持って父のスタジオに出入りするようになってすぐくらいで、本当は私が話せるような方じゃなかったんですけど、私を見るなり『小さな由紀ちゃんが帰ってきたみたいね』って仰って、少しだけ話をした時の言葉が、ずっと残っていたんですよね。だから知春さんにもぽろっと…。」
「…そっか。俺にもね、言われた時からずっと残ってるよ。これだけじゃないけど、名桜の言葉はもっとたくさん、残ってる。」