堅実かつ善良な領主である父、ティーザ侯ハウルは日々、真面目に領主としての責務を果たしていた。

領内の視察に出掛けたり、所有する軍の訓練に顔を出したり、丸2日も馬を走らせ王都に行くこともある。

要するに俺と違って、昼間はほとんど留守にしている。


その父が珍しく早い時間に城に戻り、俺を呼び出した。



「何か御用でしょうか、父上」

父の執務室の重い扉をノックし、返事を待つ。

「入りなさい、アゼル」

涼やかな声は父ではなく長兄のミハイルのものだった。

ミハイル兄上まで一緒ということは、かなりの一大事なのだろうか。

俺は平穏な毎日を邪魔される事のないようキトニア神に祈りながら、部屋に入る。


「アゼル、そこに座りなさい。
お前に話があるんだ」

父に促されるまま椅子に腰掛ける。


「実はなぁ・・・お前に婚約の話がきておる」

父は妙に難しい顔で、重々しくそう告げた。

「構いませんよ、父上の決めた方なら」

俺は迷うことなくさらりと答えた。


貴族の息子としては16歳にもなって婚約者がいない方が珍しいのだ。
長兄ミハイルは17の時に妻を迎えているし、次男であるカイルにも婚約者がいる。