嬉しくなかったと言えば、うそになる。だって想うことはあっても想われるなんてわたしにはありえないことだったから。
だからといって付き合いたいわけじゃないし、加地さんにだけは言われたくなかった。他の人と出かけろだなんて、デートだなんて、わざわざそんな言い方することないじゃない。
「……して、」
かすれた声が喉の奥からもれる。絞りだしたそれは震えていて、とても小さい。ん? と聞き取れず首を傾げた彼を見あげ、きっと睨みつけた。
「どうしてそんなことを言うんですか!」
いやなの。誰になんと言われようと平気、あなたがわたしを好きじゃなくても仕方がない。切り捨てられること、目をそらせること、諦められること、たくさんある。
だけど、わたしが想っているのは、
「加地さんが、好きなんです」
不器用で優しい、あなただけ。
「っ、」
息を呑んだ彼がためらうことなくわたしに手を伸ばした。驚く暇はなく、理解できたのは目の前にあるふせられた長いまつげと唇に触れる温度のみ。
そして数瞬後ようやく気づく。
わたしと加地さんの唇は、重なっていた。
「んっ、」
柔らかなそれはあつく、わたしの吐息を奪っていく。酸素を求めて薄く開けた隙間から、彼の舌が入りこむ。
加地さんの腕はわたしのからだを抱えこんでいて、あごまでつかまれていて逃げられそうにない。舌を絡められる強引なキスだというのに、わたしを気持ちよくさせようという想いが伝わる。
いつしかわたしは瞳を閉じて、彼に応えていた。
手から布団がおち、自分で自分のからだを支えられなくなったところで唇がゆっくりと離れていく。まぶたをあげると、彼は熱のこもっていない淡々とした瞳をしていた。
加地さんの濡れた唇が開かれる。
「────これで満足?」
いつもどおりの声色のはずなのに、冷たい印象を感じた。
信じられない、信じたくない言葉。だけどこれで諦めてくれる? なんて彼が笑うから、これは現実なんだ。

