「わたしにとって愛することは、相手のためになにかをすることだったんです」



だからわがままを言うことはなかった。再婚することに反対なんてしなかった。邪魔をしないようにと家を出ることができる大学に進んだ。

わたしは実家にはもう、ずっと帰っていない。




新しい母がいやなわけじゃなくて、ただわたしの存在が邪魔な気がして。幸せな生活の妨げになる気がして。

彼女はとてもいい人。ずっとわたしのことばかり考えていた父を大切にしてくれる彼女のことがわたしは好きなんだ。



だからわたしは、わたしで見つけたい。大切な人と恋人になって、相手に幸せになって欲しいと思う。

それなのにわたしはうまくできない。誰もができる愛の示し方を知らず、傷ついて傷つけて別れることを繰り返している。

好きなだけなのに。



「水瀬ちゃんは、いいこだね」



そう言って加地さんが優しい目をわたしに向ける。それがどきどきするほど、胸がきゅうと締めつけられるほど嬉しくて、わたしはふふっと笑う。

だけど酔っているのにたくさんおしゃべりしたせい。まぶたが重くなってきて、頭の中が整理できなくなってくる。



加地さんの手、綺麗だなぁ。男らしい骨張った手の甲には血管が浮いていて、長い指へと繋がっている。

自然と触れたいな、と思い、わたしは彼に手を伸ばした。



「っ、」



グラスの冷たさがうつった彼の手に、眠くて温度が高くなったわたしのぬくもりが伝わる。



「ねぇ、加地さん」



驚いた様子の彼を瞳にうつして、わたしは小さく声をかけた。



「加地さんは幸せですか?」



女好きで、遊び人。なのにわたしにだけはひどいことばかり言ってきて。仕事はできてもそんな人ありえないって思ってた。

だけど、本当は違う。多分わたしの知らない事情がまだある。不器用で、愛することを恐れていて、誰よりも優しい人。



今、わたしはこの人が好きだ。とてもとても、どうしようもなく、好き。



だから幸せでいて欲しい。愛する人のそばにいて、いつも笑っていて、悲しいことなんてないように。



まぶたがどんどん重たくなってきて、開けたままでいられなくなってくる。声が完全に寝ているとわかりながら、ぽつぽつと言葉を繋げる。

待って、わたしね、これだけは言いたいの。



「わたし、あなたが幸せじゃないと、いやなんです……」



それがわたしのすべてなんだ。