くっとグラスの残りを飲み干す。ちらりと見やると、加地さんのグラスもほとんど中身が入っていない。
「加地さん、次はなにを頼みますか?」
一緒に注文しようと尋ねると、柔らかな表情を浮かべていた彼の眉間にしわが寄る。頭に軽くチョップを入れられ、わたしは目を丸くする。
どうしてそんな不機嫌そうな反応になっているの?
「そういうことはしなくていいから。
水瀬ちゃんこそなににする?」
「え? えっとじゃあまた同じので……」
戸惑いながら答えると、彼が注文を済ませてしまう。様子をうかがっていると、わたしと目をあわせた彼が「酔ってる時まで尽くすとかどうなってんの」とぼやく。
真一文字に結ばれた唇が語る彼の気分に、思わずとくんと胸が高鳴る。
わたしが尽くすことに誰より反応する彼がいやだったはずなのに、今じゃそんなふうには見えない。
「気にかけてくれてありがとうございます」
隠しきれない笑みを向けて、届いたグラスを口に運ぶ。こんなに美味しいお酒はない。加地さんの優しさがこめられたこのお酒を超えるものなんて、ない。
「どうして水瀬ちゃんはそんなに尽くすたちなんだろうね」
ため息とともにおとされた言葉にうーん、と首をひねる。思い当たることは、実はひとつだけあるんだ。
「母がいなかったから、ですかね」
「……え?」
加地さんの混乱した声が耳に入る。
そりゃそうだよね。わたしのこの事情を知っている人なんて、今までにほとんどいなかった。賢治たち、昔付き合っていた人たちはみんな知らない。周りにいる人で知っているのは、真由くらいだ。
「実は小学生の時に母が病気で亡くなりまして。わたしは父に育ててもらったんです」
料理が上手でとても優しい人だった。当時7歳と幼くて、ほとんど母の記憶はないけど、わたしはとても好きだったことは覚えている。
母をとても愛していた父はとても悲しんでいたけど、わたしを大切に育ててくれた。食べさせるために働いて、その合間を縫って遊びに連れて行ってくれたり。
わたしはそんな父が大好きで、自分にできることがなにかないかと探した。そしてわたしは見つけたんだ。

