資料の積まれたそこは完全に綺麗なわけじゃないけど、他人が見てもわかる程度にはまとまっている。
するりと軽く撫でると、鋭い視線を感じてぱっとそっちの方を見る。そこにいたのは、佐野さん。
席を外していただけで、まだ仕事は終わってなかったらしい。彼女がいるとは思っていなかったから佐野さんの分のコーヒーは用意していない。
気まずいと思う理由はそれだけじゃないけど。
「あの、えっと……」
声をしぼりだし、言葉を探すも反応を返さない佐野さんの様子に心がめげる。自然と視線はさがり、あげられそうにない。
だいたい、彼女とこんなふうに対面するのは資料室で会って以来。加地さんとの関係をほのめかされた時が最後だったんだもの。
あれからわたしは自分の気持ちを自覚してしまったし、佐野さんのことからは正直目をそらしていたい。
唇をきゅうっと噛み締めて、棒立ちになっていると、
「あの、くるみさん、もう7時過ぎですけど……」
様子をうかがう明衣ちゃんがおそるおそるといったふうに声をかけてくれる。耳から入った情報を確認するように時計を見て、はっとする。
もうしばらくで加地さんの帰社予定時刻だ。そろそろわたしも帰らないと。
わたしの一連の行動を見ていた明衣ちゃんがもしかして……と言いたげな表情を浮かべている。気恥ずかしいような気まずいような気分になり、そっと唇に人差し指を立てた。
そのままそっとオフィスから出る。今度こそ家に帰るために、駅へと向かう。
その道中、さっきの自分の行動を考えてうなってしまう。
コーヒー置いてきてよかったかな。ま、まさか、これくらいだし貢いでいることにはならないよね。
重いなんていつも言われているはずで、彼もそんなわたしを知っているはずなのに、どうしても不安になってしまう。
……佐野さんも、こわかったし。
そんなふうに悩むくらいならしない方がよかったのかもしれない。面倒なことを考えているとわかっている。
だけど頑張ってる彼に、加地さんのために、なにかをしたいと思ったから。
「はぁ……」
恋は揺れて、考えて、勇気を出して後悔して。
ああもう、とても難しい。

