そしてあたしの心はさっきからずっと、たったひとつの名前の音を紡いでる。
【か ・ い ・ と】
「奏(かなで)……」
「え!?」
いきなり名前を呼ばれて、あたしは驚いて凱斗を見上げた。
あたしの心の声、まさか聞こえた!?
「いや、雨がいろんな音を奏でてるなあと思って。好きなんだ。雨音」
「…………」
「そういやお前の名前じゃん。奏(かなで)」
横目であたしを見ながら、凱斗が微笑む。
眩しすぎて、とても正視できない。心臓が痛いくらいに激しく鳴って、声も出せない。
好きな人が……
初めて、名前で呼んでくれた瞬間なのに……。
傘の下の小さな世界の中を、ふたり黙ってピシャピシャ水を踏みながら歩いた。
もっとゆっくり歩かないと、水が足に跳ねて汚れちゃうね。
だからさ、もっとゆっくり歩こうよ。
家までゆっくりゆっくり、うーんと時間をかけてさ。
ねえ、ダメ? 凱斗……。


