小さい頃から絵を描くのが好きだった明日美は、誰にも内緒で漫画を描いている。親も香苗も知らない。偶然、落としたノートを拾ってくれた八重だけが知っている趣味だ。


「ごめん、中見ちゃったんだけど。すごいよ! こんな風に描けるなんて。私も漫画とか大好きなんだ。だから仲良くなりたい」


 そう言ってノートを返してくれた八重に、明日美はほっとしたことを覚えている。

 それから、イラストノートを交換して見せ合うようになり、感想を言い合った。八重はいつだって喜々として明日美のイラストを褒める。小さい時からどんくさくて失敗ばかりしていた明日美にとって、八重は心から安心して話せる友達になった。


「やっぱり明日美上手。もったいないなー。みんなに見せたい」

「無理だよ。恥ずかしいもん。それより八重ちゃんのも見せてよ」

「私のはいいよぉ。下手だもん」

「そんなことないよ。私、八重ちゃんのお話好きだし。絵もかわいいよ」

「でも顔しか描けないもん。それより、明日美。この続きどうなるの?」

「それは内緒」

「また続き描いてね」

「うん。そしたら読んでくれる?」

「もちろん! ってか、頼むから読ませてくださいって感じ」


 満面の笑みをみせられて、明日美は自然に頬が緩む。

 誰に注目されるでもない教室の片隅で、趣味の合う友達と好きなものを存分に語りあう。
それが明日美にとっての幸せで、そんな毎日を送れる今に満足していた。

 流行りに敏感な香苗の傍に居ると感じる劣等感が、八重と居る時には感じない。香苗とは仲が悪いわけじゃないし信用もしているけれど、一緒じゃない時の方が気が楽だというのが、明日美の本音だった。

 それでも、色んな意味で目立つ香苗が居ると明日美は目立たなくて済む。凸凹の形があったとして、凸が重なれば凹の窪みは気にならないのと同義だ。凹である明日美が、人から苛められるほどには浮いていないのは香苗のお陰だ。

 ものすごく気が合う訳でもないけど、いないと困る存在。ふたりはそんな感じで、利害が一致していたのだ。