「私」
「言いたい事は言っておいで」
背中を押されて、明日美は勇気をもらった気がした。振り向いて、香苗に笑いかける。
「香苗ちゃんって凄い」
「何がよ。良いから行っておいでよ。休み時間のうちになんとかしておいで。悩むより動くんだよ!」
ドン、と背中を押されて明日美の足が一歩前に出た。
「う、うん!」
香苗の言葉は呪文のようだ。右足、左足、右足……。三歩以上進んだら、後は勢いで足が前に出た。
最初の一歩をくれたのは香苗。凸は、ただ自分が目立つだけの凸じゃない。背中を押してくれる凸なんだ。
やがて明日美の歩みは駆け足に変わる。階段を駆け下り、自分の教室へと向かう。俊介と話す前に、話したい相手がいた。大事な友達だから、まず八重にきちんと謝りたかった。
「八重ちゃん!」
自分の教室の扉を開くとともにそう言うと、一斉にクラス内の視線が集まってくる。いつもなら萎縮してしまう視線も今は気にならなかった。自分の目線の先にいる、八重の表情だけが気になる。
八重は驚いたように目を丸くして駆け寄ってきた。
「明日美、どこ行ってたの!」
「八重ちゃん。お願い。は、話があるの」
「良いけど。とりあえず出よう」
八重はそういって明日美を追い立てると、扉をぴしゃんと閉め、近くのトイレまで走った。幸い、今は誰もいない。八重はふうと大きく息をついた。
「すっげ目立ったよ。ちょっと」
「ご、ごめん」
「どうしちゃったの明日美。サボるなんて初めてじゃない?」
「あのね。あの。私」
今の八重から怒っている気配は感じられなかった。胸の中にいる香苗が、明日美が逃げ出さないように見張っている気がする。



