「とにかく、明日美はアンタを嫌ってる訳じゃないから。おっけい?」

「あー面倒くさい。女って訳わかんないないよな」

「二次元ばっかり相手にしてるからよ。たまには悩めばいいわ」

「ばっかりってなんだよ。松崎には二次元の良さが分からないのか。いいか。二次元には理想が詰まってるんだぞ。女の子はかわいいし、笑顔とか天使だし。どんなにこじれてもラストはハッピーエンドだし」


 最後が予測できるならそりゃ楽だろう。でも現実はそうじゃない。


「それって、結果が分かってなきゃ怖くて動けないってことと一緒じゃないの。アンタも明日美と一緒ね。肝心なとこで逃げようとするんだわ。三次元ってのはいつだって面倒なもんなのよ」

「分かってるよ。そんなこと」


 俊介はふてくされたようにそっぽを向く。いつも機嫌がいい彼にしては、珍しい態度だ。


「……だから、困ってんじゃねぇか。どうすればちゃんと話聞いてくれるんだよ」


 顔を赤くして困る俊介の顔は、案外母性本能をくすぐるものだった。香苗は思わず笑いだす。


「仕方ないわね。私に任せておきなさいよ」

(なんだ。お似合いだ、ふたり)


 香苗は、気分がすっきりしてきて立ち上がる。昨日の自分のバカな行動を、今頃恨めしく思う。俊介を逃したら、明日美に春は来ないかもしれない。これは邪魔などしている場合ではないだろう。


「私、明日美探してくるから」

「教室には居なかったぞ」

「わかった。明日美が話しかけに来たら、ちゃんと話してやってよ」


 母親口調で言うと、香苗は駈け出した。気分はずいぶん軽くなっていた。さっきよりずっと楽に足が前に出ることが心地良い。


 自分が凸で明日美が凹。そんな風に思っていたけど、そうじゃない。

 明日美が自分より劣っているんじゃなくて、自分が明日美を構いたいんだ。その背中を押してあげることで、自分の価値を見出してた。

(明日美がいてこそ、強くなれるんだ私)

 導き出した結論は、香苗の歩みを早めた。校舎外周をぐるりと一周し、見つけられなかったので校舎内へと入り、片っ端から空き教室を探し回った。