「あー、なんで逃げられるのかなー。つまんねぇな。なんでこんななったんだ?」

「それは変な誤解してるからでしょ」

「松崎のせいじゃん」

「そうね。でも抱きつかれるなんて、油断してる方が悪いのよ」


 話していて、香苗はなんだか楽しくなってきた。結局自覚していないだけで、俊介は明日美が好きなんだろう。もしくは一歩手前か。
  

「説明すら聞こうとしてくれないんじゃ、どうにもなんないしなぁ」


 しかめ面をして髪をかきむしる俊介を、廊下を通りすがる女生徒が窓越しにちらちらと見ている。制服姿で真面目な顔をしていれば、俊介は結構なイケメンだ。俊介が好きなら、明日美にうかうかしている暇などないはずなのだが。

(いつもみたいに、逃げ続けるつもりなのかしら)

 自信がないと思ったらすぐに逃げる。黙って嵐が過ぎるのをやり過ごす。明日美の常套手段だ。でもそれで恋人ができるほど世の中甘くはない。もたもたしていたら振られるだろう、自業自得だ。

 香苗はほくそ笑もうとしたけれど、顔が強張って出来なかった。脳裏に、泣きそうな顔で部屋中に服を広げていた明日美の顔が映る。

(服一枚にあんなに悩むくらい好きなのに、振られちゃっていいの?)

 やっぱり放っておけなかった。自分がトラブルの原因ということもあるけど、折角気の合う男が現れたのに逃げるなんて勿体ない。


「……明日美はね、恥ずかしがりなだけなの。アンタから逃げてるのは、アンタを意識してるってことだと思う」

「意識って?」

「アンタも大概鈍感ね」

「鈍感?」


 頭の上にはてなマークが一杯ついていそうだ。どうやら三笠俊介も結構な鈍感野郎であるらしい。
 香苗はため息をついて、指先を俊介の顔に突き付けた。