明日美がそんな物思いにふけっていた時、教室の扉が開いた。


「あれ……」


 学級委員の中田は、意外そうな顔で明日美を見ると、黙って自分の席に向かう。中田と明日美はほとんど話したことがない。居づらさに、明日美は教室を出た。

 明日美は人の視線が怖い。相手はこちらのことなど眼中にないだろうに、何だか責められているような気になるのだ。

 十分経過しただけで、校舎内は様子が違っていた。どこの教室にも一人二人は人がいる。居場所を見つけられず、明日美は学校中を歩き回った。


「明日美」


 聞き慣れた声に、体が固まる。その声は香苗のものだ。
 背中越しに近付いてくる気配を感じて、明日美は振り向くことさえ出来ずに逃げた。


「ちょ、明日美」


 しかし、動きの機敏さで言えば香苗が上だ。あっさり肩を掴まれてしまって、驚きと共に目が滲んでくる。


「やっ」

「昨日の話! ちゃんと聞いてよ」

「やだよ」


 明日美は初めて、香苗の手を振り払った。

 昨日のふたりの姿が目に焼き付いて、冷静になんてなれなかった。


(どうしてなの。香苗ちゃんは何でもできるのに。私の大切なものまで取らないで)


 声には出せず顔を上げると、傷ついた表情の香苗がそこに立っていた。明日美は、唇をかみしめて目をつぶった。


「香苗ちゃんなんかキライ」


 今まで一度も言ったことのない言葉だ。
 頼りにして、助けてもらって。今回だって香苗は本当に明日美の為に尽くしてくれたのに。


「……キライ」


 なのにこんなことを言ってしまう自分は弱虫で汚い。

 明日美は、そのまま逃げるように駆け出した。