「はい、仕上げ―」

 最後にヘアスプレーを振りかけて、かなえはVサインを見せる。

 髪と一緒にいじけた気持ちまでまっすぐにしてもらえたようだ。自然に肩から力が抜け落ちて、安堵が明日美を包んだ。


「ありがとう、香苗ちゃん。凄い……」

「でも、徐々に湿気を含んで広がってくるからね? 帽子でもかぶって行けばいいと思う」

「うん。帽子か……。これしかないんだけど」


 差し出した帽子は、ベージュのシンプルなクローシュだ。


「これまた地味ね。んーでも、そうね。ちょっと見せて」


 香苗は、帽子をくるくる回した後、勝手にタンスを開け花柄のハンカチを取り出した。くるくる丸めて花型に整え、安全ピンでつまんで留める。それだけで、帽子は華やかはアイテムに変身した。


「ほら、これでどう? 可愛くない?」

「す、すごい。すごいよ、本当にありがとう! 香苗ちゃん」


 心から尊敬の念が浮かんで、明日美は興奮したように香苗に頭を下げる。鏡の中の自分を見ても、気持ちは沈まない。香苗という魔法使いが変身させてくれたからだ。


「どこ行くんだか知らないけど、楽しんでおいでよ」

「うん」

「じゃあ、私は帰るからね」


 母親みたいな言葉を置き土産に、香苗が我妻家の玄関を出ていった。明日美もほっと一息ついて、カバンを持って玄関まで行く。けれど、今度はどの靴を合わせればいいか迷ってしまう。

(そもそもそんなに持ってないけど、……ローファーでいいのかな。でも……)

 自分のセンスには自信がなかった。あるだけの自分の靴を引っ張り出して、明日美は眉をひそめる。すると、玄関ドアが勢いよく開き、香苗が顔を出した。


「香苗ちゃん」

「……靴に悩んでいるんじゃないかと思って戻ってきたら、やっぱり」

「香苗ちゃん、どうして分かるの?」

「長年の付き合いだからよ」


 呆れたように言う香苗を見て、明日美は嬉しくて笑ってしまった。