香苗の家は、各階三世帯が入居できる二階建てアパートの、二階の真ん中にある。

 廊下の手すりに寄りかかって腕時計を眺めていた我妻明日美(わがつま あすみ)は、ようやく出てきた香苗を見ると嬉しそうに笑った。


「おはよう。香苗ちゃん」


肩で切りそろえた髪は癖があるせいかまとまらず、二つに分けて結ばれている。制服のスカートは、規定通りのひざ下五センチ。まるで昭和の女子高生のようで野暮ったいこの少女は、香苗の幼馴染だ。


(相変わらずダサい……)


漏れそうになるため息を飲みこみ、香苗もいつもの笑顔を作る。


「おはよ。明日美」



 並んで階段を降りようとした瞬間、後ろから香苗の母親が追いかけてきた。その右手には、香苗の通学用カバンがある。


「香苗! カバン忘れてる」

「あ、ごめん」

「何しに学校行く気よ、アンタ」


 香苗は慌てて戻り、嫌味は聞こえないふりをして鞄を受け取ると、明日美を追いかけた。
先に一階についていた明日美の背中に、突撃する。


「お待たせー」

「いたーい」


 そのまま、明日美を押すようにして、歩き出す。

 すぐ隣が明日美の家だ。二階建ての一軒家で、小さいながら庭がある。昔はよくままごとをしたなと懐かしく思い返すのもつかの間、時計を確認して飛びあがる。


「明日美、ちょっと走ろう。時間ヤバい」

「えー」

「ほら、行くよ」


 駈け出したら数分で、すぐに差ができる。先を走るのは体の大きな香苗のほうだ。