恋蛍~君の見ている風景~【恋蛍 side story】

その手紙は読んですぐに引き出しの中の箱にしまった。


返事は書かなかった。











桜が散り、ゴールデンウイークが過ぎ、紫陽花の季節を迎えたある日のことだ。


今になって思い返せば、あれはおばあで言うウシラシみたいなものだったのかもしれない。


と言っても、あたしにそういう力は全くないけど。


その日は梅雨らしい雨の1日だった。



「陽妃さん、落としましたよ」


閉店後、店を出かけたあたしを追いかけて来たのは小春だった。


「え?」


振り向くと、小春が「これ」と差し出してきた。


潤一のアトリエの合い鍵だった。


「わ、ごめん」


鍵を受け取り、慌ててキーケースを確認した。


3連のキーケースには店の鍵とマンションの鍵、それからアトリエの鍵を付けて持ち歩いている。


使ってもう3年になるキーケースは古くなっていて、金具ごとアトリエの鍵が取れて落としてしまったらしい。


「そろそろ新しいのに変えた方がいいですよ」


「そうだね。ありがとう」


小春にお礼を言い、その足でアトリエに向かった。


あの時、キーケースが壊れていなかったら、あたしはいつものように真っ直ぐマンションに帰っていたと思う。


店を出た時はまだ降っていた雨。


青山通りに到着した時には上がっていた。


雨上がりの青山。


【atelier ENOMOTO】


久し振りに訪れたアトリエの前に立ち尽くし、あたしは目を疑った。