ドルチェ セグレート


「はぁ……」
 
せっかくの好天。
しかも、そんな休日に神宮司さんと会うことが出来たというのに辛気臭い溜め息が口から漏れていた。

その重い息は、そのまま彼と別れてしまったから出てくるものだ。

時間がなかったんだから仕方ない。
そう自分に言い聞かせる反面、いやでも、重要なことじゃない?と窘める。

重要な神宮司さんの本心に、触れることが出来なかった。
というか、欠片も近づくタイミングがなかったんだけど……。

ぐるぐると先ほどの時間を回想しつつ、街中を歩き進める。

神宮司さんはやっぱり、あのことに触れられたくない? 
いや、でもそれなら私を避ければいい話なわけで、『今度、連絡する』っていうようなことを、わざわざ言ったりしないよね?

眉根を寄せ、難しい顔をしてブツブツと呟く。
考え事をしていても、目的地へは身体が勝手に向かっていて、気づけばガラスが目前にあった。

「あ……着いた」
 
パンプスから視線を上げる。足元から天井までの大きなガラスの扉。
 
ここは、なにかあればよく足を運ぶ東雲デパート。
そして、神宮司さんと遭遇したデパートでもある。

重い扉を、体重掛けて押し開ける。
一階はコスメショップが多く、化粧品の香りが一気に届いた。

うーん。個人的にはこういう香りってちょっとキツイんだよね。やっぱり甘い香りのほうが……。

「あれ?」
 
受付前を通過すると、「いらっしゃいませ」という声を掛けられる。
それは毎回のことで、不思議なことではなかった。
 
私が思わず声を漏らしてしまったわけは、今まで何気なく見るだけだった受付嬢に見覚えがあったからだ。

目を剥いて、その女の子を二度見する。

彼女は横からやってきた老婆を接客していて、私の視線には気づいてない様子だった。
それをいいことに、私は何度も確認する。食い入るように見つめた結果、やっぱり間違いないと確信した。
 
あの受付の可愛い子……。昨日、ランコントゥルですれ違った女の子だ。
 
こんな偶然、あるんだろうか。
愕然としながら、その子の視線がこちらに向きそうになったので、慌ててその場を立ち去った。