ドルチェ セグレート

考えないようにしていたけど、あの夜からまともに話をするのは今日が初めて。

だけど、よくよく考えたら、私は今日、なにしに神宮司さんのところまできたんだろう?

はた、と今さらそんな疑問にぶつかって、一気に青褪める。

特に用事があったわけじゃない。会話の内容も用意してきてない。
単に、昨日志穂ちゃんが飛び出してしまったために、『また来ます』と言ってしまっただけだ。
 
それに気づくと、今度は違う意味合いで緊張し始める。
怖々と視線を上げると、神宮司さんは何食わぬ顔をし、包まれていたサンドイッチを手にしていた。
目が合った私は、言葉を詰まらせながら話題を振る。

「そ、それはもしかして、神宮司さんがご自分で?」
「そう。大したモンじゃないけど」
「そんなことないですよ! 男性が、お昼を自分で用意するなんてすごいです」
 
野菜が挟まった、色の黒いライ麦パン。
確かに切って挟むだけかもしれないけど、それを面倒くさがる男の人の方が多い気がする。

「毎日じゃないけどね」
 
そう小さく笑ってサンドイッチを頬張る。
 
ジャケットから覗くモスグリーンのタイと白いコックコート。
緑が茂る公園のベンチで長い足を組み、長い指で持つサンドイッチを食べる姿。
それは、まるで海外雑誌の一コマだ。
 
油断していると、また無意識に彼に見惚れてしまう。
そう思った私は、パッと顔を左側に向けた。

「あの。昨日は、その……なにも買わずに帰ってしまってすみません」
 
用事という用事もないから、とりあえず昨日のことを口にするしかない。
そよぐ風に飛ばされていく花びらを見つめ、神宮司さんの返事を待つ。