ドルチェ セグレート

「休憩は一時間も取れないんだけど、いい?」
「はい、全然! お疲れ様です」
 
さっきまで被っていたコック帽のせいだろう。少しぺしゃんこになった髪型が新鮮。
神宮司さんは、ジャケットのポケットに手を入れて私に歩み寄ると、目の前で立ち止まる。

「昼は? 済ませた?」
「あ、はい。大丈夫です」
「そう。じゃあ、近くに公園あるから、俺だけそこでメシ食ってもい?」
「もちろんです。というか、休憩時間にすみません。あれでしたら、私また出直してきます」
「いやいや。キミが来るときに、と思って休憩合わせたんだ」
 
可笑しそうに肩眉を少し上げて笑う顔に見惚れてしまう。
休憩を合わせてくれたと聞くだけで、簡単に気持ちが舞い上がる。
 
神宮司さんに先導されるように歩くと、本当にすぐそばに公園があった。

木々が多くて、秘密基地的な雰囲気の公園は、木漏れ日が射してて心地いい。
他には人が誰もいなくて、公園内には私たちだけ。
 
いくつかベンチがある中で、神宮司さんは、指定席なのか迷うことなくあるひとつのベンチに腰を下ろした。
背の高い彼を見下ろすというのが、なかなかこれも新鮮で、つい見つめてしまう。

「隣、座ったら?」
 
不思議そうな顔で言われてしまい、慌てて目を逸らしてベンチに座る。
もちろん、隣との距離は微妙に開けて。
 
隣に座るのは初めてだ。
隣を歩くことはあったけど、これはまたちょっと違う感じがする。

目のやり場に困っちゃうよ。
 
内心そわそわとしながら、膝の上の手に視線を落とす。
チラリと右隣を窺うと、彼は持参していた袋からなにやら取り出していた。
その節ばった手を見て、頬を紅潮させる。
 
あああ。意識しないようにしてたのに! 
あの手を見ちゃうと、あの日の温もりを思い出しちゃって。
 
ひとりで、真っ赤にした顔を隠すように下げて目を瞑った。