「なんだ、ボケッとして。さっきから手が動いてないみたいだけど?」
 
手にしたバインダーを諏訪さんに覗き込まれ、我に返る。

在庫表は、途中から手が止まって無記入のまま。
いまさらとは思いつつ、それを隠すように抱えて取り繕った。

「ちょっ、ちょっと考え事です」
「ふーん。仕事バカだなぁ、相変わらず」
「誰も『仕事のこと』だなんて言ってないじゃないですか。私だって、私生活で考え事のひとつやふたつ……」
「え? そうなの? 仕事一番の河村が?」
「……いえ。違わないですけど」
 
『考え事』と言うと即答で『仕事』のことと示唆されると、つい悔しくなってしまった。
思わず抵抗したはいいけれど、具体的な内容なんて到底言えるわけないと冷静になる。

結局、諏訪さんの言葉をぼそぼそと肯定すると、「だよなー」なんて軽く返された。

「ああ、そうそう。これ、次シーズンの新商品の資料。月末までに可不可を纏めて、オレに戻して」
「ようやく春を感じ始めたのに、もう夏なんですねぇ」
「なにをいまさら。オレもそうだけど、河村もひたすら突っ走ってきただろーが。いつも見るのは前だけだろ?」
 
諏訪さんは、ポン、と私の肩に手を置いて笑う。
その笑顔に、上手く笑い返すことが出来ずにいた。
 
そう。割と今まで、いつでも気持ちは前向きで。
なんなら、転ぶときだって前のめり!っていうスタンスで生きてきたつもりだけど。

「じゃ、また来るわ」
 
片手をひらひらとさせ、諏訪さんが去った。
私は諏訪さんを見送ることもせず、在庫表を見つめ、神宮司さんを思い浮かべる。