ドルチェ セグレート

何度見ても、表示されてる文字は【神宮司慎吾】としか見えない。

動揺しすぎて携帯を手から滑り落としそうになりつつも、震える手で応答した。

「も、もしもし」
『もしもし。神宮司ですけど』

耳元で聞こえる声は、直接聞く音とはまた違って感じる。
耳孔を擽るその蠱惑的な声に、ゾクゾクと全身が粟立ち、熱くなった。

「ど……どうかされましたか?」

どうにか普通に答えようとしたけれど、若干声が上ずってしまう。
普段なら、仕事をしながら電話を肩に挟んで会話できるのに、今や歩くことも出来ずに直立不動だ。

『キミ、名前は?』
「えっ?」
『今のメールの内容で、誰かっていうのはわかったけど。名前入ってないし』
「あぁっ! す、すみません……」

緊張のあまり、そこまで考える余地がなかった。

考えたら、一方的に私だけが神宮司さんの連絡先を持っていただけで。
あれから私がメールするでもなく、そのままでいたから、彼は私の情報を一切持っていないんだった。

それにいまさら気づくと、なんて気の利かない女なんだと思われてるのだろうなと軽く落ち込む。

「河村です。河村明日香っていいます」

ぼそぼそと自己紹介をしながら、消えてしまいたいとさえ思ってしまう。

曲がりなりにも、店長という肩書を持ってる社会人なのに。こんな初歩的ミスをしてしまうとは……。

がっくりと肩を落としていると、不意にあの声で名前を呼ばれた。

『明日香ちゃん、ね』

項垂れている頭が自然と上向きになる。
黒い夜空に浮かぶ月を目に映した瞬間、耳を疑う言葉が聞こえてきた。

『明日香ちゃんは、今度の日曜の夜は空いてる?』