ドルチェ セグレート

「花音ちゃんがあの日来たのは、俺がちょっとした頼みごとをしたから」
「あ……チョコレート、ですか?」
 
質問を上手くかわされた気がしてがっかりしたけど、つい、その内容に反応してしまう。
 
そのときのチョコレートは珍しいもので印象的だったし、なにより、ふたりの光景は今でも鮮明に覚えていたから。

「……そう。あれはなかなか手に入らないから。彼女はデパートの受付嬢だけど、そのデパート経営者の令嬢でもあってね。実は、それを利用して頼んでもらったんだ。職権乱用ってやつさ」
「えっ。令嬢って……。ああ! 確かに彼女、『東雲』って!」
 
そう言われて、デパートの名を思い出した。花音ちゃんを思い浮かべ、吃驚する。
 
そうだ。あそこは〝東雲デパート〟。なんで、すぐにピンとこなかったんだろう。
いやでも、普通、そんな人が受付にいるだなんて思わないし!
 
神宮司さんは、おもむろにテーブル上の袋に手を伸ばした。
ガサッと中から白いケーキ箱を取り出す。

「あのチョコは、なにかヒントになるんじゃないかって思ったから頼んだ。……こんなタネあかしなんて、カッコ悪いんだけど。これ以上、不安にさせられないから」
「ヒント? あ、あの、コンテストの?」
「――いや」
 
ぽかんとして聞き返すと、神宮司さんは、箱を開いたところで手を止め、小さく返す。
なんだか話の内容が見えなくなってきた、と首を傾げると、彼が箱の中を見つめながら静かに語る。

「前も言ったけど、ケーキのアイデア全般は、遥の方が才能あるんだ。……でも」
 
私の位置からは、箱の中身は見えない。
だけど、今はその中身よりも、神宮司さんの言葉の先だけが気になる。
 
心の苦しみは、以前にも教えてくれた。
その話の続きなのかと思うと、深刻になってしまう。自然と眉を寄せ、心配する思いで神宮司さんを見つめる。
 
神宮司さんは、指先でスッと箱の中からケーキを取り出した。

「アイツが言うには、中身(味)の表現は俺の方が上だって」