「あの流れで、彼女に伝えるのが嫌だった。勢い任せな感じがして。それと、本人にだけ伝えたい思いもあったから。でも、釘を刺す意味も考えたら、仕方ない」
 
徐々に近づいてくる神宮司さんを、瞬きもせずに見上げた。
 
諏訪さんを追い越して、私の目の前で立ち止まる。
そのとき彼は、私だけに、静かに微笑んだ。
 
この都会の夜空に浮かぶ星のように、滅多に見られない貴重な光景。

「俺が手がけたスイーツで喜んで欲しい。だけど、それ以上に」
 
何度か彼の笑顔には遭遇している。
でも、それらとは似ているようで、まるで違う。

「俺自身で笑顔にさせたいと思うのは、彼女だけ――明日香だけだ」
 
〝特別〟な感情を浮かべた、甘く優しい微笑に包まれる。
 
無意識に息も止まり、神宮司さんを見つめ返していると、諏訪さんの存在も忘れかけそうになってしまう。

「これからは、あなたの大事な部下である彼女を振り回さないように気をつけますので。ご心配なく」
 
神宮司さんは、諏訪さんから私を隠すように立ちはだかり、より丁寧な言い回しで牽制した。

「……それでも、河村の様子がおかしくなったりしたら?」
 
怯むことなく、諏訪さんも厳しい目つきで言い返す。
 
私がおかしくなったら、だなんて。
それだって、絶対に神宮司さん絡みだって決まってるわけじゃないのに。
 
諏訪さんの言うことがなんだか腑に落ちなくて、反論しようと足を踏み出そうとしたときだった。

「それでも、彼女は渡すつもりはないですけど」