「違います」
 
ゆっくりと瞼を開け、諏訪さんを見据えると短く否定する。
それから、流れるように、後方の神宮司さんを目に映した。

「正直、初めはそんなふうに自問自答してました。ただ、流されて引き寄せられてる気がしてるだけかも、なんて。でも、やっぱり違う」
 
都合のいい解釈だと嘲笑われてもいい。

避けていたときに、なにかと彼の元へと行く羽目になったことすらも、自分の真意による力だったんじゃないかって思った。
 
そういう運命だ、と。

「最後には、自分から足を向けてしまうんです。あのお店にじゃなくて、彼に――」
 
スイーツや香りでの記憶。
不思議だけど、神宮司さんとの記憶に関しては、胸が高鳴るものが多く感じる。
 
私はこれを風化させたくない。思い出にしたくない。
 
苦い記憶ですらも、甘く書き換えてくれる人は、後にも先にもきっと、彼だけだと信じてる。
 
必死の思いを乗せた視線を受けた神宮司さんは、目を丸くさせた。
それから、視線を落とし、「ふ」と僅かに口元を緩ませて笑う。

「この間の、あなたの質問」
「え?」
 
神宮寺さんが、睫毛を下向きにさせたままぽつりと言った。諏訪さんが、それに対して眉根を寄せて聞き返す。
怪訝そうな顔をした諏訪さんとは反対に、神宮司さんの表情は穏やかなものだった。
 
伏せていた睫毛がゆっくりと上を向いていく。
彼の深い色をした瞳が露わになると、その目に釘付けになって離せなかった。
 
ジャリッと一歩、神宮司さんが踏み出す。