寝顔を見られたことが今さらながら恥ずかしくて、急に熱くなる頬。
それを見た部長が、もう一度クスクスと笑う。


「送って行くよ」


タクシーなら呼んであると、部長がドアを指差した。


部長と一緒にタクシーの後部座席へと乗り込む。
街はまだ、眠りにつく気配すら見せない。

流れるネオンをぼんやりと眺めながら、どうしても考えてしまうのはあっくんのことだった。
仲良く笑い合うふたりの幸せそうな顔を思い出しては、胸の奥がキリキリと痛む。
『結婚』の二文字が大きくのしかかった。

まだ帰りたくない。
あっくんのいる場所には、今はまだ近づきたくない。


「ここで降ろしてください」


家まではもう少しあるという距離で、タクシーを止める。
これからさらに一杯とは思わないけれど、家まで歩いて冷たい風に当たりたい。
そうでもして頭を冷やしたかった。


「家、この辺なのか?」

「いえ……」

「帰りたくないってところか」


思わず見ると、部長は窓に片肘を突いて、顎のあたりに手を添えていた。
ちょっと気取った風なのに、なぜか似合う仕草で、私を意味深に観察する。


「それなら、もうちょっと付き合わないか?」


ちょっとした気まぐれなのか。
部長は運転手に車を出すよう告げたのだった。