ずずずっと扉が内側に開き、暗い地下室の中からぬっと白い腕が延びてきた。
その腕は動かなくなった涼子の肩を掴み、そのままずるずると血の跡をつけながら地下室の中に引きずり込んでいく。
その様子を尻餅をついた状態で見ているしかできない男は恐怖に肩が大きく上下している。
「なんだよあれ。なんだよあれ。なんだよあれ。あの女、死んでなかったのか? もしかしたらまだ他にも入り口があるのか。クソ。一体誰なんだよ、クソ!」
涼子の足先全てが地下室の中にぬらりと飲み込まれると、扉は嘲笑うがごとく、見せつけるようにのんびりと閉められた。
男は自分のまわりを見回したがどこにも人が入ってこられるところはない。
どうやって首を切られたのか。
しかし、そんなことを考えている場合ではない。
一刻も早くここを出ないと今度は自分が殺られる。
恐怖を消し去るように唾をぐっと飲み込み、もつれる足を引きずりながらもなんとか闇に紛れてソファーの横を抜け、玄関の扉を探し、一心不乱に走った。こんなに体が恐怖に震えたのは生まれて初めてだった。
初めて他人を怖いと感じた。
玄関の扉はかぎがかかっていた。一度後ろを振り返り、誰か追いかけてきていないか確認し、震える手にイラつきながらも後ろでで器用にカギを開けた。
体全体からあふれ出す冷や汗はとどまることがない。額にたまった汗を手でぬぐい、乱れる呼吸そのまま、ログハウス全体が見渡せるところまで走って逃げた。
後退りしながら、
「……殺人鬼がいる」
柄にでもないことを口走ったことに小さく舌打ちをした。
そんな男のことをログハウスの中から楽しそうに眺めている女が一人、ナイフを弄びながら笑っていた。