壁の溝に指を突っ込み、確かな手応えを感じた男は、
「よし行くぞ。準備はいいな」
「はい」
深くゆっくりと息を吸い込み、ゆっくりと音を立てずに壁を手前に引いた。
薄明かりが細く差し込み、地下室の中へ真っ直ぐに白く線を引いた。
その隙間から冷房の冷たい風が入り込んできて足元を舐める。
男は先頭に立って辺りを警戒しながら上へ続く階段を慎重にのぼり、そのあとを離れまいとぴったりと涼子がついてくる。
男が階段を登り切り、閉まっている扉に手をかけたとき、背後でビュッと風を切る音が聞こえ生暖かい水しぶきが自分の背中にかかった。
咄嗟に振り向き涼子に手を伸ばす。
「嘘だろ……」
落ちていく涼子の手を掴もうとしたが遅かった。
涼子の体はゆっくりと、赤い水しぶきと共に落ちていく。
首からは、てらてらと赤く光る血の玉が宝石のように溢れてくる。次から次へと大小さまざまな赤い血の玉が目の前に飛び散っている。
見開く両目からは透明の粒が溢れ、赤い血の玉と混ざる。
恐怖に戦き(おののき)、両手を男の方へ伸ばし続ける。
何かを言うように口を動かしているが、もはや声になっていない。
視界の前に赤い水しぶきが飛んでくる。
涙と重なりよく見えない。
涙を飛ばそうと瞬きをした。
しかし、その瞼は二度と開くことはなかった。
地下室の扉の前まで階段を転がり落ちて、不自然な格好で壁にぶつかった。
両手両足はあらぬ方へ曲がり、頭部は背中に回り込んでいた。

