「もう、遅いよ。僕、あんたのこと殺すことに決めたから。それに、殺すのは君が初めてじゃない。君が今から行くところには同じような人がたくさんいるよ。ふふ」


 本当の恐怖を目の前にすると人は言葉を発せなくなる。

 恐怖に怯え、これは現実のことじゃないと脳が勝手に思い込ませようとする。


 男はまさにその心境だった。



「うそだろ。まさかおまえが……」


 男は自分の目の前に現れた殺人鬼に動揺し、頭の中をまとめるのに時間がかかった。

 だからか、今自分がいる足元の床に穴が空いたことにすら気づかなかった。あふれでる血を止めるのに精一杯だった。


 にやっと笑った笑みはさきほどまで自分がしていたものだ。

 見えている世界が暗くなる。

 何かのスイッチを持っている手がちらりと見えて、ああ、自分が落ちているんだとぼんやりと思えるくらい出血がひどくなっていた。


 視界はますます暗くなり、腐敗臭が辺りから漂っている。

 頭上に丸く光るのはたった今自分が落ちた穴だ。




「また、あとでね」




 光の方から声がして、『ああ、俺は殺されないんだ』と安心したところで意識がなくなった。