アリはナイフを慣れた手つきで持ち、階段を軽い足取りで上がっていく。
戸張の隠れているすぐ横を通った時、さすがに緊張して咄嗟に目をぎゅっと閉じた。
緊張と焦りで手が出せなかった。そもそも、もしここに入ってきた奴がこの二人の仲間だったらと考えると手を出すこができない。
ここはまず入ってきたやつが誰かを確かめるのが先だ。
春はアリが見に行った後、腹に突き刺したナイフを抜き、血を舐め、解体し始めた。
捌きながら食うさまは吐き気がした。笑っている口のまわりは血で真っ赤に染まっている。
『生のまんま食ってやがる』
この女を犯してやろうと思った自分に嫌気がさした。逆にやる前に狂っていることに気がついて心底良かったとも思った。
「おい! ここにいんのは分かってんだよ! 出てこいよ!」
男の声が響き渡った。春、アリ、戸張の三人ともに緊張が走った。
それぞれが声の主を模索した。
メイか。小太郎か。ほかの知り合いか。
それぞれ頭をフル回転させたがどこにも誰にもヒットしなかった。
アリはナイフを握り直し、楽しむように唇をにゅっと引いて歯をみせて笑った。
春は春で、アリがそういう態度に出たことが手に取るようにわかるので、同じように不気味に笑いながら佐々木の太ももにナイフを縦に入れた。
戸張は複雑な顔をしていた。
声に聞き覚えがあったのだ。
眉間にしわを寄せて心の中で大きくため息をついた。
『中西だ』
目を閉じ目頭を親指と人差し指できつくもんだ。
『この声は確実に中西だ。あいつ……こんなとこで何してんだよ』
腹の中で舌打ちをして毒づき、迷惑そうに階上を睨みつけた。

