「だいたい、なんだって見合いなんか承知したんだよ」
という忠尚に、

「だって知らなかったのよ!
 あんたたちだって知らなかったでしょう!?」
と透子は切れる。

 昨日の夕暮れ、いつものように遊びに行った透子を、和尚たちの父、義隆(よしたか)が、とってつけたような笑顔で出迎えた。

 その手には、随分回し読みされたと思(おぼ)しき見合い写真と釣書があった。

「知らなかったの、私とおじいちゃんと、あんたたちだけだったんだから」

「押さえどころわかってるよなあ、親父も」
と、どうでもいいところで忠尚は感心する。

「それにしたって、昨日からだって断れたろう?」
「断ったわよ。でももう、明日だからって、おじさま聞いてくださらなくて」

「いつものあれはどうしたんだよ。龍神様の巫女ですから、結婚できませんってやつは」

 忠尚は横目で見ながら、厭味に言う。

 強い霊能者だった祖母薫子の願掛けによって生まれた透子は、龍神の巫女であるとの託宣を受けた娘。

 だが、あれから二十四年、龍神は力を失い、薫子も亡くなった。

 そんな戯言を現実主義者の母、潤子が認めるはずもない。

「し、しないわよ、私はっ。

 私は― 結婚なんかしないっ!」

 叫ぶ勢いで、アクセルを踏み込む。つんのめりながら発進した車の中で、よく似た男の声が交錯した。

「透子っ!」