「トラー」


日曜日の朝。


朝食の後片付けを終えて、洗い物の水で濡れたキッチンカウンターを拭きながら、リビングのソファに座っているトラに声をかける。

でも、トラはテーブルの上に広げた新聞に視線を落としたまま、ぴくりとも動かなかった。


「トラー?」


珍しいな、と思ってもう一度呼んでみても、やっぱり無反応。

私はリビングに移動して、トラの横に腰をおろした。

トラがちらりと目をあげた。


「もう、何回も呼んだのに」


私がいじけたように言うと、トラが「え、うそ」と目を丸くした。


「ごめん、気づかなかった」

「いいけどさ。なんかすごい集中してたね。なに読んでるの?」


私はトラの手元に目を落とす。


「あー、この記事だよ」


トラが指差したのは、『ABC不動産社長が語る業績アップの秘訣』という記事だった。


「ABC不動産かあ。同じ不動産屋とはいえ、ラララからしたら雲の上の会社だよねえ」


私は頬杖をついて呟く。


「まあ、規模は確かに違うよな」


トラは腕を組んでうなずいた。