「ああ、こちらは六丁目の□□あたりですよ」

「六丁目っていうと………」

「○○電器さんって分かりますか?」

「ええ、分かります」

「よかった。○○電器さんの南側の国道を抜けて、しばらく行ったところに工場があるんですけど、その近くですね」

「ああ、あの辺りね。でも、ちょっと、工場の近くはねえ………騒音とか大丈夫かしら?」

「なるほど、お気持ちは分かります。では、こちらの物件はいかがですか? 場所は少しご希望から離れてしまいますが」


という感じで、流れるように話を展開してしまう。


お客さんからしても安心感と信頼感を持てるというものだ。



私は話の邪魔をしないように、ひっそりとテーブルの上にコーヒーカップを置く。


お客さんは資料に目を奪われたままでいたけど、トラはすぐに気づいて顔をあげた。



「ありがとう、宇佐美さん」



にこやかにお礼を言われる。


こんなこと、他の営業マンは言ってくれない。

お茶出しは当然のことと思っているからだ。



誰に対しても、どんな小さなことでも、気づかいと感謝の気持ちを忘れないトラ。

そして、どんなもめごとも波風を立てずに上手く解決してしまうトラ。


トラが皆から『王子様』と騒がれるのは、見た目や能力のせいだけじゃなくて、やっぱり人柄が一番なんだ。